ニキビ 治療の3つの魅力
通販化粧品会社には、テレビコマーシャルなどで無料お試しサンプルの申し込みを促しておき、申し込んで来た顧客にオペレーターがアウトバウンドで、強引に購入を促すことで伸びた会社もあります。
このようなアウトバウンド行為も、個人情報保護法のもとでは認められない行為となる可能性もあります。
アウトバウンドで伸びてきた通販化粧品会社は、販売戦略の見直しを余儀なくされるでしょう。コストダウンが図れる一方、こうしたコスト増も予想されます。
ファンケルとDHCは業界が認める通販の2大化粧品会社です。
ちょうど同時期に化粧品事業を立ち上げ、同時期に急成長してきたライバル企業で、化粧品のみならず健康食品の分野でも常に競い合っています。
この両社は経営者の経営に対する考え方、ひいては経営者の人生観についても好対照な会社であり、会社経営やビジネスを考える上で大いに参考になります。
ファンケルのI森賢二社長は小田原瓦斯のサラリーマンを辞めて起業しましたが、失敗。
その後、奮起して現在のファンケルを築きました。
東証一部上場を果たし、大勢の一流企業、一流大学出身の社員を配下に持ち、サラリーマンとしては最高の成功を納めました。
上場を果たしたということは、いままでとは比べものにならない社会的責任を負うことになりました。
一方、DHCのY田嘉明社長は株式公開をまった<考えていないようです。
通販というシステムは1箇所にいて全体を管理できるビジネスでもありますので、それほど多くの幹部を求めなくても運営できます。
株式公開はされていませんので株主への責任も軽く、自分のペースで仕事もできます。
Y田嘉明氏は2004年の長者番付で全国二位になるという成功者になりました。
若い時期には夢にも見なかったような、上場企業を作るというビジネス上の成功者となったI森氏。
一方、ビジネス面は非公開で、自分の時間と資産を手に入れたY田氏。
この2人の成功者を見ると、もし自分が経営者として成功したとしたら、どちらのスタイルが自分自身の望む姿だろうかと、考えてみるのも面白いかもしれません。
制度品、一般品と並ぶ、3大流通の訪問販売化粧品も、女性の在宅率の低下で苦戦を強いられています。
一方、90年訪問販売化粧品の歩み ポーラ化粧品の創業と共に歩んだ訪問販売化粧品も、化粧品三大流通として大きな勢力となりました。
市場の変化により、九〇年代から苦戦を強いられています。
世界の訪問販売化粧品の歴史は、一八八七(明治二〇)年のエイボンプロダクツの営業開始からスタートします。
日本では一九二九(昭和四)年にポーラ化粧品本舗が創業しました。
セールスマンが店舗で顧客を待つのではなく、顧客の家庭に積極的に訪問して販売する手法は、当時、画期的なマーケティング手法でした。
当時の化粧品業界では、ポーラの訪問販売手法は資生堂の開発した制度品システムに匹敵するユニークな販売システムで、その後もポーラは、訪問販売化粧品ビューティングカンパニーとしての地位を確保してきました。
昭和三〇年代になると、再販制度の制定、制度品化粧品の躍進により苦しくなった一般品化粧品の一部が、訪問販売に参入するようになりました。
ダリヤが日本メナード化粧品を起こし、ナリス化粧品も訪問販売事業を開始しました。
クラブコスメーアイックもフルベール化粧品を設立しました。
また異業種からの参入も増えました。
コダックフィルムの総代理店であった長瀬産業、真珠の御木本が開発した御木本化粧品、学習研究社、Y野愛子のヤマノビューティーメイト化粧品などです。
さらに訪問販売の異業種であった、ダスキン、ヤクルトなども化粧品販売に乗り出しました。
昭和五〇年代にはノエビア化粧品の一大ブームの時代もありました。
海外からの新しいマーケー「ング手法を採り入れ、急成長しました。
こうして、制度品流通、一般品流通、訪問販売流通の、化粧品三大流通が完成しました。
昭和五〇年代までは順調に伸びてきた訪問販売化粧品も蔭りが見えてきました。
この時期になると、女性の社会進出が進み、在宅率が低下して、家庭訪問販売の効果効率性が落ちてきました。
日本に限ったことではなく、この時期まで化粧品の売上世界ナンバーワンを誇っていたエイボンプロダクツが売上首位の座をレブロンに明け渡しました。
九〇年代にはアムウェイ。
ニュースキンなど、外資系のネッ卜ワークビジネスが上陸しました。
従来の訪問販売員が販売するのではなく、商品の使用者が販売者になって販売し、またその使用者が販売者となっていく方式。
です。
九〇年代後半には急激に売上を伸ばし、ニュースキンの日本での躍進にも影響され、米国から幾多のネッ卜ワーク化粧品が持ち込まれました。
これらはマルチ商法としての疑惑が強く、マルチ被害が社会問題化。
そこで訪問販売法は、「特定商取引に関する法律」として取締りが強化され、一時のブームは沈静化した。
従来の訪問販売は効率の悪いシステムとして現存し、販売員の収益性ダウン、販売員の質の低下、売上高の低下という悪循環に陥っています。
訪問販売化粧品の売上低迷の原因は何といっても女性の在宅率の低下にあります。
訪問販売員が担当地域を巡回し、開拓する際、在宅率が低いと効率が悪化します。
訪問販売では一人ひとりの販売員が、営業先を開拓し、顧客に商品を説明して、さらに商品を納入し、代金を回収する、という活動のすべてをこなします。
この販売行為をすべて行う訪問販売員の一人当たりの接客数は、店舗の販売員に比較してかなり少なくなっています。
在宅率の高い時代であれば、軒並み訪問できましたから効率も悪くなかったでしょうが、現在では相当効率の悪いシステムとなっています。
訪問販売員の人件費を捻出するには、商品単価を上げるしかなくなってきます。
店頭ではセルフ商品など、低価格でも高品質な商品が次々に発売されていますので、価格面でも市場と乖離しがちです。
訪問販売員の立場としても、化粧品販売だけで稼ぐのは難しくなってきました。
そこで、訪問販売員は自分の持っている固定の上顧客に対して販売単価を上げようと、化粧品以外の商品、例えば、生命保険、下着、健康食品、美容機器などを併売。
するようになります。
販売員も自然と売りやすく収益性になった。
いい商品を販売するようになるのです。
こうして販売員の質の低下。
販売員の質の低下を是正するため、メーカーも販売員教育にさらに力を入れ、教育プログラムを整備しました。
大手化粧品会社では充実した教育センターを持つ会社もあります。
販売員の意欲の喚起は最も重要です。
販売員を組織する販売会社の強化を図ると共に、販売員に対するインセンーアイブや優秀な販売員の表彰制度などを駆使して、販売員の意欲を喚起します。
優秀な新たな販売員の獲得には各社共苦労しています。
少しでも良い条件を提示すべく、育児施設や各種福祉設備の充実を図っています。
ながら、販売員が販売し、商品を納入し、代金も回収する、さらにリピート購入の際も同じような活動を行うといった従来のビジネスモデルでは、あまりにも効率が良くありません。
通販がフルフィルメントを飛躍的に向上させ、改善を重ねているように、訪問販売も抜本的なシステムの見直しが迫られています。
